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<ノベル>
『恋とは突然舞い降りるもの』
これは、1人の刑事の頭の中に浮かんでいる言葉。
煌びやかなイルミネーションの輝く夜の銀幕市で、1人佇むニワトリのキグルミがその人である。
――天野 和史。只今恋の真っ最中。
【寒空の下の恋泥棒?】
「へへへへへ……」
「おーい、おっちゃん!」
「……………へへへへへへ」
「なぁ、おっちゃん。おっちゃんでば!!」
空想の世界で愛しい人と手を繋いでスキップしている天野の耳に、現実世界からの声が響く。
「コッ、ココ、コケッコー? あ、いや、お、俺は防犯ニワトリであって、中に人はいないっス! 絶対いないっス!! というか、おっちゃんって年齢じゃな……い……あれ?」
混乱しながら辺りを見回し弁解する天野。だが、彼の目線にその声の主が入る事は無かった。動かしづらい頭を下げ、視線を落とすとそこには1頭のハスキー犬。そのハスキー犬は、興味深々といった様子で尾を左右に振りながら天野を見ていた。
「い、犬? 迷子か?」
よっこらせ、とおっちゃん臭い台詞を言いつつ天野はしゃがむ。ニワトリのキグルミと犬。何とも奇妙な組み合わせである。
「俺には名前があんだぜ、狼牙って言うんだ」
「狼牙って言うのか。へぇ、強そうな名前だなー。でもごめんな、お兄さん、今は忙しいんだ」
狼牙の頭を優しく撫でて、天野は空を見る。『お兄さん』と訂正したあたり、おっちゃんと呼ばれた事を密かに根に持っているのかもしれない。
「忙しそうには見えなかったぞ? 1人でブツブツ言ってただけだったぞ? どこか調子悪いのか?」
「お前、それは俺が頭悪いって言いたい―――まぁ、いいか……犬に愚痴ってもなぁ………はぁ……」
「遠慮するなって、言ってみろよ。な?」
「……人を探してる。すごーく、すごーく、綺麗な人だ」
「綺麗な人かぁ、で、名前は?」
「わからん。名前も、年齢も、何も……だから、困ってんだ」
「綺麗な人はいっぱいいるぞ? もうちょっと手がかりないと探しづらいなー」
「手がかり……か、あ。俺のここらへんの匂い嗅いでみ? ぶつかった時に――」
天野は狼牙にクチバシの下辺りを指し示す。そして状況を説明していくのだった。
「これでよしっと」
少しして。狼牙の首には『こんな人を探しています。お心当たりの方は、広場にいるニワトリのキグルミ(天野)まで』と書かれた札がぶら下げられていた。
「んー、なんか悪いな……いいのか?」
「任せておけって。泥舟に乗ったつもり、だな!!」
狼牙は胸を張って尻尾を振っている。
「泥舟じゃ駄目だろ」
おいおい、と狼牙に突っ込みを入れつつ天野は苦笑い。
と、そこへ――
「天野? そこ声は天野か?」
頭上から聞こえてくる男性の声。
「その声は……桑島先輩っスか?」
天野は、ゆっくりと立ち上がった。目の前にいたのは1匹の熊、ではなく熊のキグルミ。肩からは、天野と同じく防犯キャンペーンのタスキを掛けている。
「おー、やっぱり天野か! 何だ? サボってんのか?」
桑島と呼ばれた熊のキグルミは、頭を外して天野に向き直る。
「サボりっていうか……あのですね」
「ホーリーラブ、だっけ? おっちゃん?」
狼牙が言った。
「ホーリー? フォーリンラブって言いたいのか?」
桑島は狼牙に微笑む。
「そうそう、それ。このおっちゃんがさ、ぶつかって来た人に恋したんだってさ。で、俺が今から聞き込みに行くんだ!!」
狼牙は、桑島に胸に下がる札を見せる。そこに書かれた特徴を見ながら、桑島は天野に言った。
「先に言っとくが俺は見なかったぞ。役に立てなくてすまんが……」
桑島はボフボフ、と大きな熊の手で天野の肩を叩きつつ、慰める。
「はぁ、そうっスか……」
「しゃーねぇ、俺も手伝ってやるよ」
「へ? いいんっスか? でも桑島先輩もキャンペーン中なんじゃ――」
「天野、それは言いっこなしだ」
「……つまり、サボりたいんっスね……」
天野は乾いた笑いを零す。
「おっちゃん、俺、行ってくるぞ?」
「ああ、頼むよ。それから――」
走り出す狼牙に天野は、『俺は、おっちゃんじゃないからなー!!』と、大声で叫ぶ。まだ、気にしているようである。
「で、どうするよ?」
人ごみに消える狼牙を見送った後、桑島は天野に問う。
「まぁ、聞き込みしかないっスよね」
「なにせこの時期だからなー、人多いし……見つかんなくても文句言うなよ?」
「大丈夫っスよ。俺が文句言いたいのはどっかの馬鹿課長だけですから」
「……佐伯課長か。お前達、ほんっと、腐れ縁ってやつだよな」
普段の天野と佐伯の様子を知っている桑島は、脳裏に浮かぶ情景に苦笑しつつ腕を組んだ。
「あら、お2人とも……お仕事お疲れ様です」
「………」
突如聞こえてきた、女性の声。丁度2人の背後から声がするが、何故か2人は振り向こうとはしない。
「あら、聞こえないんですか? 桑島さん? 天野さん?」
「明日、ち、ちが、これは、こっ、これはだな、サボってるわけじゃなくてだな――」
「――サボってるんですね。はぁ……まったく」
ギギギギッと錆び付いた機械のように振り返る、桑島と天野。そこには、優しそうだがどこか冷たい微笑を浮かべた流鏑馬がいた。大きなキグルミが、彼女のオーラの前では小さく見えてくる。
「どうしたんですか、お2人とも」
「い、いや、その、人助けっていうか、天野助け?」
な? と天野の肩に手を置く桑島。
「天野さんが原因? そうなんですか? 天野さん?」
流鏑馬は天野を見る。
「まぁ、そうだな……あ、丁度、流鏑馬が着てるみたいなコート着てたな。色や形は違うけど――うん、こんな感じだ」
天野は、流鏑馬の周りをグルッと一周しながらしきりに頷いている。そんな天野の様子を、流鏑馬は怪訝そうに見つめていた。
「あ、天野さん? 私の格好がどうかしたんですか?」
「いやな、こいつが――」
「――と、言うわけだ」
「成程。つまりは、一目ぼれの相手を探している、と。――天野さん」
桑島から一通りの説明を受けた流鏑馬は、忙しなくウロウロしている天野に声をかける。
「ん? 何だ」
「代わりますよ。キグルミ」
「い、いいのか?」
「その人の事が気になって仕事にならないんでしょう? なら、いっそのこと私が代わったほうが効率的だと思っただけです」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
申し訳ない。そう言いながら、天野は流鏑馬に頭を下げた。
「よーし、心優しい流鏑馬さんがこう仰っていることだし、俺達は人探しに向かおうぜ!!」
待ってましたと言わんばかりに、桑島が声を上げる。
「桑島さんには言ってませんよ?」
「そ、そうですか……」
桑島の語尾は段々と小さくなる。
「まぁ、ちゃんと防犯キャンペーンをしながら出来るって言うなら天野さんのお手伝いに行ってもいいですけど?」
「ホントか!? よっしゃ!!」
「桑島さん………実は俺の事、どうでもいいでしょ」
そんな桑島の様子を見た天野が一言。
「ま、気にするなって。さー、行こうか友よ」
軽く流す桑島の顔には、『サボれてラッキー、ついでに人探し』の文字が大きく浮かんでいた。
「……まったくもう。仕事中に一目ぼれだなんて」
彼らのいる広場を立ち去って、少し後。
天野からニワトリのキグルミを引き継いだ流鏑馬は、中で溜息を吐いていた。
「こんな賑わいの中で見つかるわけ―――……」
行き交う人々を見て、彼女は少々諦めムードのようだ。
「ねぇ、もう買う物無いかな?」
「そうだな、もう大丈夫だろ」
「俺、流石に疲れたんだが……」
天野と桑島が天野の恋の相手を探している広場の前。
その通りをルシファ、綾姫、レイドの3人組が歩いている。
仲良く談笑する3人のうち1人、レイドだけは可哀想なくらいの荷物を持っていた。
「美味しかったな、あのケーキ」
「そうだな、なかなか美味しかっ、た……?」
「どうかしたの? レイド?」
綾姫に美味しかったかと聞かれて何故か疑問系のレイドに、ルシファが顔を覗き込む。
「あれ、何だ?」
「あれ?」
「あれって何なの?」
前方を指差し首を傾げるレイド。
ルシファと綾姫がその先を追うと、そこには、うな垂れながらしゃがみこむ男性と、慰めている熊のキグルミというツーショットがあるではないか。
3人は思わず固まってしまった。
一方、天野達はどんな会話をしているかと言うと。
「いねぇな」
「はぁ……綺麗な人だったのに……こんなに覚えてるのに……」
「まぁ、サボ……いや、キャンペーンがてら探してやるから元気出せって」
「はぁ……了解っス……」
相変わらず、何も進展は無いようだ。
「ねぇ、何かあったのかな」
綾姫がルシファとレイドに問う。
「さぁ、何だろうな。なんかやけにあの男の人が落ち込んでるみたいだが」
レイドが口元に手をあてる。
「よし、こういう時は」
「声をかける、だね」
「おい、ちょっと!?」
レイドは遠ざかろうとしていたが、ルシファと綾姫は既に駆け出した後。仕方なく、レイドは2人の後を追った。
「熊さん、どうかしたんですか?」
ルシファと綾姫が天野たちに声をかける。
「……何ていうか、人探しっス」
今にも消え入りそうな声で天野が話す。
「誰を探してるんですか? 私達、お手伝いしますよ」
「手伝うのか!?」
レイドは不満そうな声を上げた。
「だって困ってるじゃない。手伝おうよ」
「そうだよ、手伝おうぜ」
「分かった…・・・」
ルシファと綾姫の勢いに負け、レイドは首を縦に振る。
「仕方ない。で、どうるんだ?」
レイドは桑島に問う。
「聞き込み、だな。俺達とは別の所を聞き込みしてきて欲しいんだ」
桑島は、続ける。
「で、探して来てほしい相手っていうのは――」
「なるほどね、分かりました」
桑島から事情を説明して貰った3人。
ルシファはニッコリと微笑み、綾姫も特徴を復唱しながら頷いた。
「すんません、みなさん」
天野は『お願いします』、と頭を下げる。
「それじゃ、探しに行きますね」
それに対し、ルシファが再び微笑んだ。
「ま、ある程度探したら一旦戻ってくるから」
綾姫がグッ、と親指を立てて笑う。
「ま、そういう事だ」
レイドは頭を掻いて、ルシファの後ろで他所を向いた。
そして、仕方なくと言わんばかりの様子で歩き出す2人の後ろをついて行くのだった。
「じゃ、俺達はここらで待機だな」
「そうですね……」
「天野、大丈夫か?」
「……はぁ」
「こりゃ、重症だな」
やれやれ、と桑島は肩を竦めた。
その頃、狼牙はというと――
「そっかー、見なかったか。ありがと、お姉さん」
人々の匂いに注意を払いつつ、真面目に聞き込みを続けていた。これも、彼の『ばっちゃん』からの教えなのだろう。
「困ってる人は助けなさい、ってばっちゃんが言ってたしなー。頑張って探さないと!!」
狼牙はプルプルと首を振り、前を向いた。
「あの、すみませんでした?」
「ん? 何だ?」
狼牙が次に声を掛けたのは、真紅の瞳が印象的な、長身の青年だった。
いきなり、すみませんでした? と声を掛けられた事に首を捻りながら、その青年は狼牙を見る。
「こんな人を見なかったかなー、って思って。今、ニワトリが大変なんだ」
「ニワトリ? もうちょっと分かりやすく話せるかい?」
青年は膝に両手をついて、狼牙に微笑む。
「えっと、えっと、あのな………」
「あ、僕は真山って言うんだ。宜しくね」
「俺は狼牙。宜しく!!」
ペコリと頭を下げ、狼牙は所々間違った言葉ながらも懸命に状況を説明していく。真山は、それを黙って聞いていた。
「成程、その恋の相手を探してるんだね?」
「そうなんだけど、なかなか手がかり無いんだ」
狼牙は残念そうに首を横に振る。
「そっか、僕も手伝おうかな。一緒に探してあげるよ」
行こう? そう言って真山は狼牙の頭を撫でた。
「ホントか? 砂丘な、兄ちゃん!」
「ははっ、それを言うならサンキュー、だね」
真山は笑う。そして1人、意味深に呟くのだった。
「ふふ、その恋のお相手……面白そうだ」
それぞれの捜索から数時間が過ぎ、銀幕市の広場。
1番先に姿を見せたのは、ニワトリのキグルミを引き継いでくれた流鏑馬だった。キャンペーンも真面目にこなしてきてくれたようで、籠の中は空になっている。
「流鏑馬、どうだった……?」
彼女の姿を見つけた天野は、慌てて駆け寄る。
「ごめんなさい、天野さん」
流鏑馬は頭を取りながら謝る。
「駄目だった、か」
桑島が苦笑いを浮かべた。
「や、謝らなくていいって。見つかれば奇跡みたいなもんだし………はぁ」
そうは言いつつも、やはり残念なのだろう。肩を落として噴水に腰掛ける天野。
「まぁ、あのハスキー犬……ええと、狼牙だっけ。それからあの3人。あいつらが帰ってくるのも待とうぜ」
少し離れて隣に座り、天野に話しかける桑島。
「はい……。あ、流鏑馬。ニワトリ交代するわ。ありがとな、ホント」
「あ、はい。どうぞ」
力無く笑い、天野は交代を告げる。
着替えて帰ってきてからも天野は暗かった。時折空を眺めては、『星は綺麗だなぁ』などと呟いている。
そんな天野の状態を、桑島と流鏑馬は言葉無く見守っていた。
次に姿を見せたのはルシファ、綾姫、レイドの3人。
天野達は3人からも結果を聞くが、それは良くも悪くも予想通り。収穫は無し、だった。
3人は式神や使い魔も動員して捜索してくれていたようだが、その式神達からの報告も、同じ物であった。
「ま、そう気を落とすな。男だろう、しっかりしろ」
レイドの言葉に、天野は『はぁ』とだけしか答えない。いや、答えられる気力が無い。と言った方が正しいのかもしれない。
「うじうじしてても仕方ないだろ? ほらほら、元気出せって!」
「そうですよ。元気出して、ね?」
綾姫が天野の背中をバンバンと叩くが、天野の背中はますます丸まるばかり。ルシファの励ましにも、軽く頷いただけだった。
そうこうしているうちに、狼牙と真山が姿を見せた。
「おーい、おっちゃーん」
走ってくる狼牙。その後を真山が歩いてくる。
「ごめんな、おっちゃん。この兄ちゃんにも手伝ってもらったんだけどな、いなかった……」
「そっか……」
しゅん、と伏せる狼牙に礼を言う天野。これで全滅、かと皆が沈黙して数秒後。突然真山が口を開いた。
「ちょっと聞いてもいいですか? えっと――」
「あ、天野です。天野和史」
「ああ、御丁寧にどうも、天野さん。僕は真山と言います。っと、それは置いといてですね。そもそも――」
真山の言葉に、皆が注目する。
「そもそも、その人って女性なんですか?」
「―――――!!!!!」
「そ、そそ、そう言えば俺、女性だって思いこんでいたけど……あ、えっと………」
衝撃の一言だった。確かに、そうである。皆は第一印象として『綺麗な人』とは聞いていたが、それが女性であるという確証は何も聞かされていない。天野自身、聞かれて『はい、確かに女性でした』と言い切れるだけの自信は無かった。
「美しい容姿に強く印象が残っているのは分かります。けど、それだけで女性と判断するのは如何なものかと」
「ひょっとしたら男かもしれないって事か」
綾姫が感心したように瞬きをする。
「トレンチコートの黒髪美人、か……」
「黒髪美人……」
桑島と流鏑馬が考え込む。
「もう1度、その人の特徴を言ってみてくれないか」
レイドが言った。
「は、はい、えっと……」
再び特徴を説明していく天野。
黒髪、美人、顔の全体は分からない。声も身長も不明。確かに、女性という確証は何一つ、無い。
「男だったかもしれないのか……俺の一目ぼれの相手って」
天野はガクッと下を向く。
「黒髪美人、か………」
「桑島さん、まさか……」
「どうかしたのか?」
先程から考え込む桑島と流鏑馬に、綾姫が問う。2人とも、何かを言いたげにしているのだが、天野の方をチラチラと見るばかりで、語ろうとしない。
「心当たりがおありなんですか?」
ルシファが聞いた。
「いや……あの、私……帰宅時に刑事課へ忘れ物を取りに行ったんですが――あの………そこで……」
「何だよ、もったいぶらないで言いなよ」
綾姫が急かす。
「そこで、見たんですよ」
「な、何をだ?」
おそるおそる、天野が顔を上げた。
「トレンチコ−トと……マフラーとニット……の…………あの……」
「署内にいたのか!? 黒髪美人が!!」
天野は流鏑馬に掴みかかる勢いで詰め寄る。
「あー、天野? ちょっといいか? おそらく流鏑馬が言いたいのは――」
2人の間に割って入る桑島。その顔には何とも言えない苦悶の表情が浮かんでいた。
「その黒髪美人って言うのはもしかしたら佐―――」
「その人は、こんな顔ではなかったかね?」
突如聞こえてきた声。その声の主は、のどの奥で笑いながらこちらに近づいて来る。
人ごみの中から次第に明らかになる声の主の姿。
はっきりするにつれ、皆の表情が様々に変わっていく。
特に、天野。彼はキグルミの中で、まるで百面相のようになっていた。
「防犯キャンペーン、ご苦労様だったね。天野和史刑事?」
緩く口元まで巻かれた長いマフラー外し、現れたのは天野の腐れ縁――
「佐伯課長ー!!??」
天野の叫びが、辺りに大音量で響き渡った。
それから少しして。
事の真相が分かり、皆はそれぞれの反応を見せる。
まずは天野の恋の相手? 佐伯真一郎課長。
「天野」
「……何ですか」
「今年もご苦労だったな。ハハハハハハッ」
「ハハハハハ……って、笑い事じゃないっス!!」
佐伯の言葉に、天野が怒鳴る。
「おっちゃん皆から笑い者だな、良かったな?」
「良くないんだよ……」
そして、狼牙の無邪気な言葉に肩を落とし――
「ま、頑張れや」
「はい……」
桑島の言葉に力無く答え――
「きっといつか、いい人見つかりますよ……たぶん」
「たぶんって言うなよ……」
流鏑馬の励ましに声を暗くし――
「「「お、お疲れ様……」」」
「どうも……」
ルシファ、綾姫、レイド、3人の言葉に泣きそうになり――
「刑事さん、何て言うかさぁ、まぁ………」
「う………」
慰めの言葉が浮かばなかったらしい真山の無言に、言葉に詰まり―――
「はぁ………」
一通り皆に慰められた後、天野が口を開く。
「あ、そうだ………みなさん、御協力感謝するっス。これ、よかったら……」
そう言って、天野は脇に抱えていた手提げカバンの中を漁りだした。中から出てきたのは、彼には不釣合いな可愛らしい紙袋。袋の側面には『洋菓子のシェリー』と書かれてある。
「よかったら、これどうぞ。食べようと思って買ったんですけど……なんかそんな気分じゃなくて……」
「どうした? 気分でも悪いのか?」
「あんたのせいですよ!! ……さ、どうぞ」
佐伯に声を荒げつつ、天野は紙袋の中から皆に1袋ずつ、菓子を手渡していく。透明な袋の中にはクッキーとチョコレート。そのお店の手作りなのだろう。温かみのある、美味しそうなものだった。
「私には無いのかね? 一目惚れの相手だろう?」
と、収束しかけた騒ぎに投げ込まれた佐伯の一言が、天野の導火線に火を付けてしまう。
「だ、誰があんたになんかやるか!! ちくしょー!!」
「天野さ――」
「天野!?」
流鏑馬と桑島の制止を無視して、天野は叫びながら夜の銀幕市の闇へと消えて行った。
全速力で走っているのだろうが、何せキグルミ。さほど速くはない。
泣きながら走るニワトリのキグルミ………実に奇怪な姿だ。
皆が飛び退くように避けている。
その後、翌日出勤してくるまで天野の姿は見つからなかった。
翌日。
そんな騒動から一夜明けた銀幕市警察署内では、目を真っ赤に腫らした天野と、それをからかう佐伯の姿があったとか、なかったとか。
「ぷっ……クックククク……」
「だぁー!! 笑うなコラァ!!」
終
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クリエイターコメント | お待たせしてしまい、大変申し訳ありませんでした。 寒空の下の恋泥棒? をお届け致します。 ある参加者様にプレイングで結末をずばり当てられてしまいましたが、まさにその予想の通り。 何と言うか、王道のコメディになったかと…… 今回は、以前の作品に御参加いただいた方のお顔も拝見する事ができ、大変嬉しかったです。 初めての方も(そうでない方も)、御参加ありがとうございました。 相変わらずコメディが多く、シリアスはどこへ? という雰囲気ですが、次回こそは――シリアスを、と計画中です。 それでは、最後になりましたが、御参加いただいた皆様 。 ありがとうございました。 また機会があれば、どうぞ宜しくお願い致します。 それでは、またいつか。 村尾 紫月
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公開日時 | 2008-01-13(日) 19:40 |
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